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双葉魚寅楼

料亭と割烹の違いは何か。
料亭は、食事をするだけでなく芸子さんを呼ぶことができ、利用する客は、その土地の政財界に通じる有名人が主で、いわゆる「一見さんお断り」が原則となっている。
庶民には敷居が高い。
割烹とは、「割」は包丁で切ること、「烹」は火を使って煮炊きすることを指す。
即ち飲むことよりも食べることが主なのが割烹。割烹料理とは、懐石料理、会席料理、精進料理といった料理の呼称である。
庶民にとっては、料亭よりも割烹の方が利用し易く、最近では大衆割烹と名乗るお店もある。

10月の半ば、滋賀県草津市にある割烹料理屋「双葉魚寅楼(ふたばうおとらろう)」を訪れた。
以前に某懇親会に招待を受けた折、店の雰囲気と美味しい料理が忘れがたく、もう一度訪れたいと常々思っていた。
中山道と東海道の分岐点である草津宿は、江戸時代から交通の要衝として栄え、公家や大名の宿泊所であった本陣が今も残っており、往時の賑わいを想像できる。
「魚寅楼」は、江戸時代に「双葉館」という旅籠屋を営み、今は歴史ある本陣料理を供する店として商いを続けている。
国指定の登録有形文化財(建造物)である屋敷で料理を楽しめることが何とも贅沢である。

この日は、日本の古民家をこよなく愛する妻と出かけた。
魚寅楼の外観を見るなり、妻は「素敵~」とパシャパシャ写真を撮りまくり、予約の時間が迫っているにもかかわらず、ずんずん庭の奥へ奥へと進んでいくではないか。
屋敷の周辺まで行こうとするのを何とか引き留め、広い玄関に到着した。
すぐに雰囲気のある女将に丁重に出迎えられ、一歩足を踏み入れた途端に妻は、天井の造りや立派な柱や梁、欄間、襖の引手の文様等を眺めては写真に収め、専門的な建築様式の名前を連呼していた。
「匠の技だね~」と言った時には女将に笑われてしまった。
また、廊下のそこかしこに飾られている立派な有田焼の陶器や、見たことも無い大きな長持や、額、掛け軸に感嘆の声を上げていた。
二人用とは思えないほどの広い個室に通されても、床の間に駆け寄って、飾られている置物や能の舞の翁に見入っていた。
「これは、織物なのかな、刺繍なのかな」と聞かれても私にはわかるはずもなく、早く落ち着いて座ってくれと祈っていた。

運ばれてくる料理は、見た目も美しく手の込んだもので、どれも形容しがたいほどの美味しさであった。
ビールが注がれた、陶製のジョッキや元は卓上火鉢として使われていた有田焼の器に日本酒が冷やされているのにはしみじみと感銘を受けた。
最後に運ばれてきた料理に、女将の「今日は良い近江牛が入りました」の一言で、脳内の幸福度数は最高点に達してしまった。
最後のデザートを食べながらこれまでの余韻を楽しんでいると、女将の「そんなにお好きでしたら、館内をご案内致しましょうか」との言葉に、これまた感動。
きっと子供のようにはしゃいでいる妻をみての優しい気遣いであった。

様々な灯篭が置かれた故国百選の日本庭園を眺めながら二階に上がると、80畳もの大宴会場がある。
天井は日本建築では一番格式の高い「折り上げ格天井」で、照明は大正レトロの今見てもモダンでお洒落なものであった。
舞台には、能舞台と同様の松が描かれていた。
女将が嫁に来た頃は毎日のように宴会が催されていたが、現在では、結婚披露宴も減り、何よりも接待宴会がすっかりなくなってしまったという。

江戸時代にタイムスリップしてしまったような感覚でこの日の宴は終わった。
またいつの日か来ようと、見送る女将と有形文化財の古民家を振り返りながら、名残を惜しんだ。
ちなみにお会計はというと、何と!とってもリーズナブルなのである。