歌舞伎
今年4月に、生まれて初めて「歌舞伎」を観る機会に恵まれた。
日本の伝統芸能である歌舞伎を一度は観てみたいと思っていたが、この歳まで観られずにいた。
そんな折、有難いことに招待券を頂いた。
東京日本橋浜町にある創業150周年を迎えた「明治座」での公演である。
まずは入口で、ネット予約したイヤホンガイドを受け取り入場する。
エスカレーターで上がると、2階はレストラン階、3階が劇場の1階席になり土産屋も並んでいる。
4階は劇場の2,3階席になる。指定入場口から入ると席はすぐに見つかった。
椅子には座布団が敷いてあり、やや狭いながらも快適に観劇できる。
借りてきたイヤホンガイドをさっそくセットすると既に今日の演目や明治座の歴史、歌舞伎について解説が始まっていた。
舞台が始まると、その場、その場の解説を的確に知らせてくれる。
歌舞伎初心者には、お勧めである。
舞台に目を向けると立派な緞帳(どんちょう)に驚かされる。
デジタルアートで江戸から明治初めの日本橋の風景を映し出している。
武士や町人、人力車に小舟、牛車や犬が行き交い、雲が流れ、桜の花びらが舞っていて、開演までの時間を飽きずに過ごすことが出来た。
緞帳の後ろに、歌舞伎独特の三色の幕が引かれている。
これを「定式幕(じょうしきまく)」と呼ぶそうだ。
右から萌葱色(葱の芽の色)、柿渋色、黒に配置されており、それぞれに意味がありそうだが記録は残っていない。
しかし、この色の組み合わせを見れば誰もが歌舞伎を連想するであろう。
いよいよ緞帳が上がり、定式幕が引かれ演目が始まる。
この日の公演は、鶴屋南北(代表作は四谷怪談)作「絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」。
主演の松本幸四郎扮する大悪党が、悪事の限りを尽くす物語である。
殺人場面のなんと多い事か。女房、子供まで殺めるのだ。
次々と無残なことが起こり、悪が蔓延(はびこ)るが最後は仇を討ち大団円となる。
この悪行をこれでもかと演出するのが、舞台の袖で拍子木のようなもので床を叩いて歌舞伎独特の音を出す「ツケ」と呼ばれるものである。
役者がドタバタと走る場面や殺陣のシーン、また歌舞伎の見せ場である「見得」という緊迫感のある見せ場にタンタン、カンカンと音に強弱をつけその場を盛り上げる。
微妙な音の加減で役者の心情や状況を表し、演技に大きな効果を与えるものである。
2本の拍子木を「ツケ木」、床に置く板を「ツケ板」、うち手を「ツケ打ち」と呼ぶ。
歌舞伎につきものなのが、役者の屋号である。「成田屋」「音羽屋」「中村屋」「高麗屋」「成駒屋」等で、100種類以上の屋号があると言われている。
今回主演の松本幸四郎の屋号は「高麗屋」である。
そして最も格式が高いと言われる市川團十郎(市川海老蔵)擁する「成田屋」、市川猿之助、市川中車(香川照之)の居る「澤瀉(おもだか)屋」、中村獅童の「萬屋」等。
屋号は家の看板の役目を果たしている。
江戸時代は武士以外に苗字が許されていなかったが、後に商人や農家が屋号を持つようになってから役者も屋号を持つようになった。
代表的な成田屋は、千葉県成田不動尊を信仰したことからこの屋号になったと言われている。
歌舞伎の見せ場になると「〇〇屋!」と大きな声で叫ぶ「大向こう」と呼ばれる人達がいるが、その際使われるのがこの屋号である。
この「大向こう」の掛け声は絶妙なタイミングで入れなければならない。
観客、演者を共に盛り上げるためのものなので、やたらと掛けてはならないのが暗黙のルールとなっているそうだ。
伝統的には男性が掛けるものとなっているが、女性が声掛けをしてはいけないというものではないようだ。
歌舞伎についてほんの一部を紹介した。
日本の伝統芸能がこれからも永く継承されていくことを願ってやまない。
因みに、5月にも2度歌舞伎観劇に訪れた。
「市川猿之助」が昼の部、夜の部共に違う演目で約1か月上演予定のものだった。
昼の部公演では猿之助演じる平家滅亡後の空想話は観ることが出来たが、夜の部公演は、代役の「中村隼人」演じる歌舞伎「御贔屓繋馬(ごひいきつなぎうま)」を堪能した。
圧巻の演技であった。