端午の節句と少子化
この連休中に、初夏の清々しい茨城県を訪れた。
結城市や笠間市、水戸市を訪ね、日本三大名瀑の一つ「袋田の滝」などでゆったりとした時間を過ごしてきた。
関東平野に広がる田園地帯に農家がぽつんぽつんと点在し、のどかな心地よい風景を眺めながらハンドルを握っていた。
しかし、何か物足りなさを感じていた。それが何かはすぐに思いついた。五月の風物詩である「こいのぼり」がまったくと言ってよいほど見当たらないのである。
いったいどうしてだろうか。
一家で旅行?田植え作業でのぼりを立てる暇もない?核家族となって人手不足?若夫婦に昔からの風習など無用になった?不思議な思いを抱きつつ短い旅を終えたのだが、その謎は5月5日の子供の日の朝刊で合点がいった。
一面に少子化のニュースが掲載されていたのである。
15歳未満の子供の数が前年より33万人減少し、43年連続で前年割れしたという。
全人口に占める割合も前年比0.2ポイント減の11.3%でこちらも50年連続の減少となった。
このままでは、100年後の日本の人口は江戸時代と同じ3,000万人になると予想されている。
「こいのぼり」の泳ぐ姿が見られなかったのは、端午の節句を祝うべき子供が少なくなっていることが原因で、これは全国的にも共通した現象だったのである。
「こいのぼり」を今年はどのくらい目にしただろうか。以前は、庭に竿を立て悠々と泳ぐ姿や集合住宅のバルコニーにも「こいのぼり」を見ることができた。
今では、観光地などの広場や川にロープを渡し、ご近所からの寄付であろうたくさんの鯉が泳ぐ姿を目にすることはあるが、個人宅で泳ぐ姿を見ることは極端に減っている。
少子化に加え、住宅事情や強風による事故防止も理由のようだ。
「こいのぼり」を何故こどもの日に掲げるのか。
5月5日の「子供の日」は五節句(「1月7日・人日の節句(七草)」「3月3日・上巳の節句(ひな祭り)」「7月7日・七夕の節句」「9月9日・重陽の節句」)のうちの一つ「端午の節句」にあたる。
古くから男子の健やかな成長と健康を願ってお祝いをする日とされていた。
江戸時代に武家では、鎌倉時代からの武士の軍旗である旗指物に家紋と武者絵を描いて飾った。
江戸時代中期になると五色の「ふき流し」と呼ばれる幟(のぼり)を揚げるようになった。
これは、跡取り息子が誕生したことを神様と地域に告げる意味があった。
その後、庶民文化が発展し民間にも端午の節句が広まると、鯉を模った幟があげられるようになったのである。
なぜ鯉が模られたのかは、中国の伝説が元となっている。
現代でも突破すれば出世につながる難関のことを「登竜門」という。
これは黄河上流にある竜門山の急流のことで、登りきった鯉は竜になるといわれている。
これにあやかり「鯉」の幟を立て、男子の立身出世を願ったようである。
文部省唱歌の「鯉のぼり」の歌詞の3番に「百瀬の滝を登りなば たちまち竜になりぬべき わが身に似よや 男子(おのこご)と 空に躍るや鯉のぼり♪」とある。
子供の日といえば「こいのぼり」を連想する人も多いと思う。
他には、「鎧兜」「鍾馗様」「金太郎人形」「柏餅」「ちまき」「菖蒲湯」など。
童謡にも「屋根より高いこいのぼり♪」「甍(いらか)の波と雲の波♪」「柱のきずは一昨年の♪」と色々とある。
日本人として忘れないよう語り継ぎ、眩いばかりの青く澄み切った5月の空を泳ぐ鯉の姿を残して行きたいと願う。
どうすれば子育てし易い社会になるのか。
本当の豊かさとは何か。
子供の日に大人が考えるべきことなのである。